[お知らせ]ウチそと研通信78 −異色の写真家列伝第4回−

写真の内側外側研究会・課外講座

異色の写真家列伝 第4回 《桑原甲子雄1937年の足どりを辿る》

この年、東京市下谷車坂町在住の青年桑原甲子雄(1913年生まれ)は24歳、家業を手伝うかたわら数年前から始めた街歩きのスナップ撮影にいっそう身を入れ、「フォトタイムス」「カメラアート」等の雑誌に投稿、アマチュア写真家として頭角をあらわしていた。それはちょうど隣家の兄弟、幼馴染みの濱谷浩、田中雅夫がスタジオをひらき、写真のプロフェッショナルとして一歩を踏みだした年でもあった。
新発見の資料、桑原自筆『アルス・カメラ日記』1937年版を一つの手がかりに、青年は何と出会い、どのように歩き、いかに撮ったのか、一年間の足どりを追ってみることにしよう。今回はそのような、スナップショット再考の試みです。

語る人:大日方欣一(フォトアーキビスト、写真の内側外側研究会)



桑原甲子雄 略歴/Wikipediaより抜粋
(くわばら きねお、1913- 2007)、日本の写真家、写真評論家、編集者。東京市下谷車坂町(現東京都台東区東上野)に生まれる。1926年に東京市立第二中学校(現都立上野高校)入学。1931年の卒業後、体をこわし進学を断念。同じ町内に住んでいた濱谷浩の影響もあって、中古のベスト・ポケット・コダックを手に入れ写真を撮りはじめる。1934年にはライカC型購入し、カメラ雑誌に投稿するアマチュア写真家として活発に活動を始めた。主として、上野、浅草など東京の下町を撮影し『アサヒカメラ』、『フォトタイムス』、『カメラアート』などの写真雑誌で多くの入選を果たす。1937年、前年の成績が第1位だったため『カメラアート』の第1回推薦作家となり、2月号が特集「桑原甲子雄推薦号」となる。1930年代を代表するアマチュア写真家として『フォトタイムス』などにエッセイを寄せるが、アマチュアであることに徹する。1940年には南満州鉄道の主催する「八写真雑誌推薦満洲撮影隊」に参加。1943年には在郷軍人会の依頼で出征軍人の留守家族を撮影。1944年、外務省の外郭団体である太平洋通信社(PNP)に写真部員として数か月勤め、初めてプロの写真家として仕事をした。
戦後は一転してアルス (出版社)「カメラ(CAMERA)」の編集長に就任し、月例写真の選者に土門拳木村伊兵衛を起用する。これ以降、『サンケイカメラ』、『カメラ芸術』などいくつもの写真雑誌の編集長を歴任。1960年代末頃から、桑原が撮った戦前の作品が再評価され始め、何冊もの写真集が出版された。2007年12月10日に老衰のため死去。享年94。


開催日時:2011年8月27日(土) 午後6時30分〜8時30分

場所:四谷ひろば
   http://www.yotsuya-hiroba.jp/chizu2.pdf


参加費(資料代):500円

予約・お問合せ:ルーニィ・247フォトグラフィー

     東京都新宿区四谷4-11 みすずビル1F TEL/FAX 03-3341-8118