ウチそと研通信34 −回転する円−

非常勤で授業をもっている専門学校から、先日、勤続20年記念の腕時計をもらった。20年も経ったのか。まるで時計が玉手箱のように思える。
腕時計をする習慣はないし、頂戴した日本製のそれは箱に収めたまま、目の前の食卓の上に置いてある(やがてどこか落ち着く先を見つけるだろう)。ところで、もらうならこっちが良かったといいたいのではないが、つい先ほど小耳にはさんだ。スイスのロンジン社製、通称「リンドバーグ」は著名なすぐれものの時計らしい。有翼の砂時計の絵柄をブランドマークとしている同社は、早くから飛行家と縁が深く、1931年、チャールズ・リンドバーグの発案で、腕時計に円形計算尺を組み合わせたナビゲーション・ウォッチを開発、すなわち文字盤を囲むベゼルの部分を回転させ、方位・方角など様々なデータの測定に役立てるシステムを兼ね備えた時計だということだ。思わず、ほお、と反応してしまった。リンドバーグの名と、円(ベゼル)の回転が結びついているところに。
キートン主演のサイレント映画「THE CAMERAMAN」(1928)に、リンドバーグの映像が挿入されていることは前回述べたが、ロンジンの時計より3年早いこの作品ではまた、回転する円の運動がくり返し描かれ、さまざまにコトを引き起こすのである。思い出せる範囲で、この映画のなかの回転する円について二、三、メモしてみる。映画ネタばらしの禁は破る。
1)冒頭に挿入される戦場シーンのニュース映像。第一次世界大戦か? 塹壕を掘りめぐらした陣地で兵士たちが機関銃を操り、弾薬ベルトを先へ先へと送っていく、その回転運動と、ニュース・カメラマンが手回しのムービー・カメラで最前線の状況を撮影している、その手元のハンドルの回転運動を、かわるがわる見せる。機関銃とムービー・カメラ、どちらも回転を取り入れて連続的なアクションを可能にしたテクノロジー。これらの回転する円の運動が新しい時代を切りひらきつつあることが、まず謳われる。
2)一方、新時代のテクノロジーに乗れないでいるカメラマンもいる。都会の街角で通行人相手の簡易なポートレイト撮影を商売にしているバスター君(南北戦争の時代と変らないティンタイプの技法を墨守していた)は、どこか歯車が時代と噛み合わないところがあって、たとえばビルの回転扉をスムースに通過できない。くるくる回転していくそれと呼吸を合わせるのが難しい。しかし、ニュース映画社のオフィスに勤める美しい女性サリーとの出会いによって発奮し、ポンコツながら手回し式のムービー・カメラを入手、街にさまざまな題材を求めて飛び出す。のだが、オフィスから飛び出す時、決まっていつも抱きかかえた三脚の柄をぶつけ、扉をなめらかには通り抜けられない。
3)回転扉と同様に、バスター君はムービー・カメラのハンドル回転のコントロール法をうまく呑み込みきれない。オフィスで自分の撮影分のフィルムを試写してみると、ストリートの眺めに入港する船のイメージが二重露光されていたり、なぜか一つの画面がいくつもの単位に分割されていたりと、不可解でやたらと格好いい映像ばかり撮れている(社内では嘲笑の的となる)。
4)たびたび意気消沈するバスター君を励ましてくれるのは、あこがれの女性サリー。そして、もう一人というか一匹、力強い相棒的存在が現われる。ある時、曲がり角でちょっとした衝突事故が起こり、バスター君がぶつかってしまった相手は、手回しオルガン弾きの男(オルガン・グラインダー)だった。パリの街角でユジェーヌ・アジェが撮った、みなさんご存知のあの素晴らしいオルガン・グラインダーおじさんの写真でなら、オルガンの脇には上天を仰ぐようにして歌うみそっ歯の少女がいた。同じ街角商売でも、いろいろスタイルの違いはあって、とくにアメリカで19世紀末から20世紀初期にかけて撮られたオルガン・グラインダーの記録写真を見ると、紐につないだ小猿を相棒に連れていることがわりあい多いようだ。バスター君がぶつかってしまった相手もそうで、ここでは説明しないこんがらがったいきさつから、バスター君はこの男の連れていた小猿をひきとることになる。この子が映画後半のキー・モンキーとなる。手回しオルガンとともに暮らしてきた小猿には、円の回転の心得があった。ハンドルの回し方が身にしみ込んでいた。その手助けを得て、バスター君は回転テクノロジーの現代的困難をきっとなんとかみごと乗り切るに違いない!?