ウチそと研通信120 −ラファエル前派展と阿部直樹写真展を同じ日に見る−

先週の水曜日、いくつかの展覧会を見てまわる。午前に六本木でラファエル前派展、昼から目黒で世界の風景写真展、そして銀座ニコンサロンで阿部直樹氏の写真展、その後に新宿界隈でいくつかの展示を見ている。一度に多くの展示を見るというのも集中力の点で問題はあるが、それぞれの展示に密度があれば相対的な見え方もして、より面白く感じることも多々あるように感じる。
ラファエル前派展は数日前に美智子妃が展覧会をご覧になったという新聞の記事を読んでいる。美智子妃とラファエル前派、どこかとても興味深い。午前中のためか、会場は最近の有名作品の展示に有り勝ちなひどい混雑もなく、かなりゆっくりと作品を観覧できた。数点見てゆくうちにどの作品も細部に対する執着と時間のかけ方がとても印象的に浮かび上がる。ラファエル前派といえば、特有な眼差し、そして口元、うねるようなポーズの女性像をすぐに思い浮かべるが、同時に描かれる花々、衣服の襞、細かな道具類の質感、そうしたものの具体的な再現と表現が圧倒的だ。微妙に凹凸のある、また艶を異にする絵の表面が照明されてみえてくる人の手の痕跡、これはやはり実際の作品に当らなければ体験できない。女性像や宗教的な逸話をテーマにしたものだけではなく、ウイリアム・ハントの羊やウイリアム・ダイスの風景も、画面は隅々まで密度高く描き込まれている。ウイリアム・ダイスの海岸風景の作品などは、少し後年のフランク・サトクリフの写真をすぐに想いおこさせる。官能性をはらんだラファエル前派の絵の多くが、細部に亘る緻密な描写から成り立っていることにあらためて驚かされた。
午後に銀座で見た阿部直樹さんの写真展「黒風のまえ」は、細部に亘る眼差しの配り方という点で、午前に見た絵画群と似ているところもあり、また写真で実現されるものと絵画で作り出されるものとの違いもまた見えてくる。作品は35ミリフィルム一眼レフで撮影したネガを小全紙にプリントした美しいモノクロームのスナップショットである。日常の生活や折にふれての旅行の際、シャッターを押していると思われる作品群だ。阿部さんの写真では一瞥をカメラとレンズに任せて、同じ時間に在る、謎めいた細部の集合を一枚の画面に定着させている。阿部さんの展示はこれまで2回見ているが、今回の展示ではより集中度が高い作品が増えているように感じられる。阿部さんの写真で興味深く見えてくるものは、「放心」が自然におこなわれた時のショットかと思われる。一枚の写真の中に捉えられた細部が画面の中で揺れ動き、お互いに溶け合ったり、弾き合ったりして見えてくる。撮影の動機となったものが目立つ作品に比べると、個人的にはとても面白く感じられる。細かなディテールの積み上げで出来上がっているラファエル前派と正反対かも知れないが、小さな部分が不思議な力を持つことでは同じように興味深い。阿部さんの話では「トレンドではない写真と言われたりする」とのことだが、これからどう進むのか楽しみである。