ウチそと研通信132−挿入された写真の傾き−

1997年に発刊された「ロンドン骨董街の人びと」という本を読んだ。すでに1998年度の講談社エッセー賞も取り、現在文庫にもなっているが興味深い内容だ。著者は六嶋由岐子氏。氏が1990年前後にロンドンの老舗骨董店で働いていた頃の体験を記し、骨董と英国人のことが的確に描かれている。この本を読むと日本的な骨董とはやや違う趣きのある英国の骨董観もなんとなく理解が出来るような気になる。骨董、美術品に興味があり、またイギリスに関心がある人なら読むべき本かもしれない。骨董に関してだけではなく、著者が暮らしたロンドンのイーストエンド、著者の働いていたセント・ジェームズ街、ロンドン郊外のカントリーハウスなど地域と空間なども、そのイメージがすいと浮かび上がり、また大航海時代、大植民地時代から日本のバブルの頃まで節度良く英国の時代背景を説明して見事だ。骨董のディラーや顧客ら登場人物達の輪郭も際立ち良く伝わってくる点では物語として読んでも面白い。イーディス・シットウェルの「英国畸人伝」を思い起こさせるような貴族階級の人物まで登場し、17世紀のトマス・ブラウンと同じような気質が今でも英国のある種の層には受け継がれているのを感じさせる。
さて本を一気に読み通した時、なにやら不思議に見えたものが挿絵に相当する写真だった。かなりの数の写真が微妙に傾いている。骨董品を図録的に撮っている写真は傾きのない専門的な撮影のようだが、スナップ風のインテリア写真などではこの微妙な傾きが与えられている。続けてよく見ていくとおおげさに言えば船酔いの感覚になるのである。本文を読み込みながら写真を見ていると、写真とテキストとのずれ方がほかの本で経験するものとは異なる感触を与えられているように思われる。ややこしい喩えで恐縮だが詳しく感触を述べると、他の本では写真のイメージとテキストが離れようが近づいていようが、またずれるにしても平行に並ぶ印象だ。「ロンドン骨董街の人びと」では写真のイメージとテキストの面と面が交差する印象を受ける。一線で交わっているのだが、他の面はその一線を除いて角度をつけて離れている。想像するにこの傾きを感じさせる写真の多くは著者の撮影と思われるのだが、これらの写真が本の中で与える感触はかなり不思議に感じられてならない。単に上手ではない撮り方ということになるのかもしれないが、逆にテキストとは違う何か生の内容をこれらの写真は伝えてしまうようにも思われる。何気なく読み始めた本だが、別なところで妙な引っ掛かりを感じる結果となった。