大日方欣一

ウチそと研通信54 −師走つれづれ−

今年をかえりみると、たいしたことはしなかった気もするが、見るもの読むものにゆりうごかされることは多く、雑記帳にたくさん書き込みをした年になった。講義をしている授業のクラスに受講生として、航空工学の専門家や映画のプロ・キャメラマンだった方な…

ウチそと研通信49 −まちへの視線−

先年、飯田鉄さんが韓国で写真展を催した折、あわせて企画された韓国版の刊行物に、不肖わたくし、飯田さんの仕事を紹介する一文を寄稿させていただいた。異国の方々に伝わりやすいようにと考えて、いろいろ抽斗の多い飯田さんの世界からいくつかの側面のみ…

ウチそと研通信45 −麗筆の秘密−

平岡正明さんはすばらしい美声の持ち主だった。過去30年ほどのあいだで、幾たびか平岡さん出演のイヴェントに駆けつけ、そのたびに、なんという声のよさだと聞き惚れた。1960年代のテレビ洋画劇場できこえてきた吹き替えのナレーションを思わせ、FM東京「ジ…

ウチそと研通信43 −ねじと鉛筆−

読み終えて時間が経過し、ストーリーをほとんど思い出せなくなっている小説であっても、記憶庫から逃げ去ってゼロに帰したわけではなく、脈絡をたどれない一箇所にスポットライトが当たり、断片としてそこだけ浮かんでくるということがある。飯田さんのウチ…

ウチそと研通信39 −eyewitness−

(このところ通信に書きたい話題は多々あるのですが、慌ただしくしていて書く時間を逸し続けています。今回は数年前の旧稿を掲載させてください。大辻清司ポートフォリオ「eyewitness」東京パブリッシングハウス発行をつくったとき書いた挿み込みの記事です…

ウチそと研通信37 −雨の日−

土曜の雨の午後、始発駅から乗り込んだ東急大井町線の車内は混むでもなくすくでもない、見知らぬ乗客どうしお互いの存在をそれとなく余裕をもって感知しあえるような、人と人の間隔が程のいい状態だった。平均年齢は若く、周囲でもっとも年長なのはひょっと…

ウチそと研通信34 −回転する円−

非常勤で授業をもっている専門学校から、先日、勤続20年記念の腕時計をもらった。20年も経ったのか。まるで時計が玉手箱のように思える。 腕時計をする習慣はないし、頂戴した日本製のそれは箱に収めたまま、目の前の食卓の上に置いてある(やがてどこか落ち…

ウチそと研通信33 −リンドバーグの映像−

ニューヨークを出発したチャールズ・リンドバーグの愛機ロッキード・シリウス号が、アラスカ経由で北太平洋を渡り、国後、根室を経て霞ヶ浦へ着水するのは1931年8月末のこと。土浦の町の人々に大歓迎されたといわれる模様は、それに先だつ1929年巨大飛行船ツ…

ウチそと研通信30 −皇帝は幸福でなくてよいのだ−

まず、侍従たちのころがす立派な絨毯の巻物がスクリーンを横ぎり床にひろがる。マックス・オフュルスがフランスで撮った映画「マイエルリンクからサラエヴォへ」(1939)は、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の誕生日を祝う式典の…

ウチそと研通信27 −「風」を考える−

風景という言葉をあらためて眺め、「風」の文字に目が止まった。landscape、sceneryなら、単語の成り立ちに「風」はとりたてて関係していないと見られるのに対し、訳語に当たる現代日本語の言い方だとこのとおり、「風」が織り込まれている。それはどんな「…

ウチそと研通信24 −模倣について−

中学生だった頃、自分や他人のしぐさ、発語、ふるまいのことごとくが既に誰かによって演じられた先例の模倣をくり返しているだけじゃないかと思えてしまったことがあり、やりきれない感じがしてならなかった。しかし、そういって嘆くことだって、それ自体が…

ウチそと研通信21 −上野の例会−

先日、ウチそと研2回目の例会があり、上野の山に集まった。西洋美術館の常設の部で、中世末期以来の西洋絵画の流れをたどる展示を眺め、不忍池の茶店へ移ってめいめい所感を述べあう。 D・ホックニーの著作「Secret Knowledge」の視点に導かれ意識して見て…

ウチそと研通信17 −ロトチェンコと北代−

1920年代の途中でアレクサンドル・ロトチェンコが絵画制作を離れ、写真へ向かうことになったのは、それを促したきっかけとして、ライカという性能のいいドイツ製小型カメラが登場したことが大きかったといわれる。多様な光量に対応でき、視点を自在に動かし…

ウチそと研通信13 −写真の後ろ姿−

通信9の「おおぜいで一枚を」 (http://d.hatena.ne.jp/uchi-soto/20081027/1225065987) で眺めたのは、アメリカの写真家ウォーカー・エヴァンズが1930年代、ある住まいの室内とその隅っこにいる男の子を撮った一枚だったのだが、これを見て直ちに、「知らな…

ウチそと研通信9 −おおぜいで一枚を−

このあいだ、海外の某写真家が撮った一枚をおおぜいの人たちにスライドで見せた。黙って投影しているその画像からどんな印象を受けたか、一人一人にきいてみた(短い時間で白紙に走り書きしてもらった)。そのなかの幾つかを紹介してみます。一枚から生まれ…

ウチそと研通信6 −スナップショットの時間(その2)−

関口正夫と三浦和人の写真、メモの続き。・関口さんのスナップでは、重心を低くとることが習性のようにつらぬかれており、画面の群れにうかがえるその歩行のさまは、下半身が地べたにぴたりと添う、すり足を思わせる。それに対し、三浦さんの場合は、重心を…

ウチそと研通信3 −スナップショットの時間(その1)−

飯田さんが触れられた三鷹市美術ギャラリーの関口正夫、三浦和人展「スナップショットの時間」に、僕は図録寄稿者、ギャラリーでの鼎談パネラーとして関わりをもった。二人の40年にわたる写真行為が、自分にどんな感化をあたえるのか、感化を受けたならそこ…